日本、神社、天皇そのルーツは1万年以上も古いザリバティweb

日本とは違い、当たり前の愛国教育を行っているという見方もある。しかし逆に言えば、その建国史が、学術的に確認できるレベルの古さでしかないということでもある。

所詮、どの国も10世紀以降にできたものなのだ。

一方、日本という国の出発点は、紀元0年を軽と通り越し、考古学で研究できる観測圏の、はるか向こう側にある。

学術的に実在する可能性が高いとされる天皇の名前は、最も古いものでも第10代の崇神天皇だ。初代の神武天皇も、その先祖とされる天照大神も、さらにその前に存在すると語り継がれてきた先祖たちの姿も、学術的には完全に霧の向こうなのだ。

ギリシャ神話に出てくるゼウスの子孫が生きており、その系統を正式に引く国家が現存すれば、恐るべきことだろう。しかし、この日本、そしてその王朝である皇室は、まさにその恐るべきものに当たるのだ。

神代文字海底遺跡超古代日本の痕跡実際、考古学で認識できるより昔の日本には、教科書で習う農耕と狩猟しかしない文明とは違う何かが存在していた可能性が、しばしば指摘されてきた。

漢字が伝来する以前に使われていた神代文字の存在、全国各地で発見されている巨石の構造物。与那国島付近の海底にいたっては、まるで都市のような海底遺跡が見つかっている。もしこれが人工物なら、1万年以上前の日本周辺に、高度な文明が存在していた痕跡となる。

いったい、この国の歴史の出発点には、どのような風景が広がっていたのだろうか。

エジプト最盛期と同時期に生まれたオオヒルメノムチ大川隆法幸福の科学総裁は2日、そのルーツを探るべくオオヒルメノムチという神の霊言を行った。

一般的に、オオヒルメノムチとは、神道の主宰神天照大神の異称とされる。

天照大神は、学術的には実在した人物かどうか評価は分かれる。しかし、大川隆法幸福の科学総裁の霊査により、3000年近い昔の日本に九州地方に生まれた統治者だったことが分かっている(関連記事参照)。

オオヒルメノムチは、天照大神と同一の存在なのか。それとも、日本の歴史のさらなる秘密を明かすものなのか。

オオヒルメノムチはまず、かつて日本に生まれたことのある存在だと明かした。その上で、生まれた年代について、驚くべき事実を語った。

私の古さは、おそらくエジプト文明あたりの最盛期ぐらいと、同じぐらい古いのではないか

エジプト文明といえば、少なくとも5000年以上前から栄えたと言われている。その時期に日本が存在したとすれば、2600年以上昔の神武天皇即位よりも、はるかに古いことになる。

そんな日本文明のルーツについて、オオヒルメノムチはこう語った。

日本文明は、中国や韓国あたりの者がつくったものではありません。(中略)南方から来たムー(1)の子孫が、文明を持ちきたらしたものがその始まり。(中略)おそらく、少なくとも今の文明に続くもとのものは、一万数千年ぐらい前まで(には存在していた)

なんと、日本には、少なくとも1万年以上の歴史があるというのだ。

(1)1万年以上昔、太平洋にあったとされる大陸とその文明の名前

オオヒルメノムチは最高の巫女だったそうした超古代の日本で生まれ、現在まで名前が伝わるオオヒルメノムチとは、どのような人物だったのか。

職業的には、今で言うと最高の巫女ではありましょうね。霊天上界との交信をするというのが、職業的に最も尊い仕事で、これができる人は地上に降りた神の化身ということであるし、ご託宣によって、政(まつりごと)もやっていた

そう聞くと、原始時代のシャーマニズムを思い浮かべる人も多いかもしれない。

しかし、オオヒルメノムチの語る当時の日本には、原始時代とはかけ離れた、高度な文明があったようだ。霊言では、驚くべき産業技術の様子が、こと細かに語られた。

では、このオオヒルメノムチと、天照大神との関係は、どのようなものなのか。

オオヒルメノムチが語るには、その魂は、後に何度も日本に生まれたという。その中でも、3000年前ほどに日本に降りたのが、天照大神だったという。

天照大神は、同じく最高位の巫女であり、信仰の形態も同じだった。そうしたことから、後世、オオヒルメノムチと同じ存在として認識されるようになったというのだ。

生命の源である太陽への信仰では、その信仰の形態とはどのようなものか。

オオヒルメノムチというのは、大いなる太陽を信仰する者の、中心的な巫女という意味の言葉で、本来は固有名詞ではないという。つまり、オオヒルメノムチも、後世に生まれた天照大神も、太陽信仰を司る存在だったのだ。

なお、その太陽信仰の中心として、特に天照大神の名前が後世に残った背景についても、大川総裁による他の霊言において、明かされている。それについても、関連記事を参照されたい。

太陽信仰の考え方は、エジプト、南米、ヨーロッパを始め、世界中に点在する。そして、日本人の前身とされるムー文明における信仰でもあった。

その信仰の内容について、オオヒルメノムチはこう語る。

神を語るには、見えない者にとっては(神を)理解することは非常に難しゅうございますので、やはり、例えとしては、太陽の存在というのがいちばん分かりやすい

太陽は、地上における全ての生命や、その営みの根源になるものだ。それと同時に、身体に宿る魂も、太陽エネルギーが変換されたものによって成り立っているという。

つまり太陽信仰とは、生命の源に対する、尊崇の念を持つべきだという考えなのだという。

1万年以上受け継がれる太陽信仰この国では、こうした太陽信仰が、1万年以上の時を越えて、連綿と受け継がれてきたということだ。

実際に、神道の中心地であり、太陽神と同等の存在として天照大神を祀る伊勢神宮において、参拝者は個人的なお願い事はしてはいけないという(願い事は、外宮内宮共に、別宮と言われる他の神様を祀る場所ですることとされている)。

その代わりに、日頃の恵みに対する感謝を伝えるのが、正しい参拝と言われている。

これも、現世利益が中心にある宗教とは異なる、太陽信仰の表れと言える。

また、国号である日本も、国旗である日の丸も、お天道様が見ているという考え方も、やはりこの太陽信仰が、中心に流れる国であることを示唆している。

オオヒルメノムチは、この太陽があまねく照らす世界という世界観が、個人の信仰にとどまらないものであることを語る。国内の争いごとを融和させる原理、さらには日本以外の国をも同胞とみなし、その平和や繁栄に責任を持つという精神にもつながっているというのだ。

これが、この国が1万年以上、連綿と続いてきた大きな理由なのかもしれない。

こした長い歴史と、高い精神性に対して、日本人は改めて自信を持ち、そして、失わないようにする必要がある。

霊言では他にも、次のようなポイントについて語られた。

日本列島が大陸から切り離された時期日本の大和言葉の源流はどこかオオヒルメノムチの時代の稲作、機械、物流現代人にとって未知の金属が存在した神道における合掌拍手の由来巫女集団の戦いはまるでフォースの世界現代日本に対する一喝

ここに紹介したのは霊言のごく一部です。詳しくは幸福の科学の施設で、ぜひご覧ください(下記参照)。

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霊言現象とは、あの世の霊存在の言葉を語り下ろす現象のこと。これは高度な悟りを開いた者に特有のものであり、霊媒現象(トランス状態になって意識を失い、霊が一方的にしゃべる現象)とは異なる。また、外国人の霊の霊言には、霊言現象を行う者の言語中枢から、必要な言葉を選び出し、日本語で語ることも可能である。

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霊査で明かされた3000年前の風景

大分宮崎神話は空想じゃない

大分宮崎は日本神話の舞台とされる。この地で、いったい何が起きたのか。大川隆法幸福の科学総裁が霊能力で明かした史実に迫った。

カトリックの総本山に当たるのは、ローマのバチカンだ。しかし、最も神聖な場所として尊崇されるのは、イエスがその生涯を過ごしたエルサレムだ。

日本でバチカンにあたる最上格の神社は、サミットでも注目された伊勢神宮だろう。しかし、最も尊崇されるべき日本のエルサレムは、古代神話の舞台、大分宮崎ではないだろうか。

古事記日本書紀に描かれる、この地でくりひろげられた神の物語は、あまりに神秘的な描写のために、古代人の空想として戦後日本の歴史教科書から葬り去られた。しかし、この地で日本にとって何か大事なことが起きた。それだけは、確かだ。

大川隆法幸福の科学総裁は、あの世の霊を呼び、語らせる力を持つ。本記事では、かの時代を生きた神が語った新事実を頼りに、神話を歴史として甦らせることを試みる。

日本人よ、これが日本だ。

天照大神は実在の人物日本の頂点に立つといわれる神は、天照大神。しかしその実像を、日本人はほとんど知らない。残されているのは、古事記に記された謎の物語だけ。

伊邪那岐という神が左目を洗った時に天照大神が生まれた。天照は高天原を治めていたが、弟の須佐之男が、機を織る小屋の上から皮を剥いだ馬を投げ込むなどの乱暴狼藉を働いたので、洞窟に隠れ、岩戸を閉じた。高天原は闇に包まれた。その後、追放された須佐之男は出雲の地でヤマタノオロチを退治した

岩戸隠れヤマタノオロチといった摩訶不思議な描写に、天照も須佐之男も、あくまで想像上の存在と考える人が多い。しかし、大川総裁の霊査により、日本の源流にあるその史実が浮かび上がってきた。

今から3000年近く昔、舞台は大分宮崎にまたがる地域。ある豪族を治めた伊邪那岐という神を祀る一族がいた。

ある時、一族の娘の元に、現在の高千穂にある王朝から遣いがやって来た。

神示により、この娘を高千穂王朝の女王とする

異例のことだった。当時、王朝の周辺は戦が絶えなかった。王朝の中でも、武人たちによる激しい権力争いが多かった。その中心に、娘が座るということは、戦国時代に国の領主を女性が務めるようなもの。

しかし人は、驚くべき現象を目にした。その美しき女王は、王朝の人や民を慈しむ心が強く、全く自分を顧みなかった。その御前で、どんな武人も、自分が恥ずかしくなり、権力欲や、争う心を骨抜きにされる。王朝内の争いは、みるみるうちに減っていった。まさに奇跡だった。

周辺の豪族たちも、女王の威光に戦闘意欲を失い、次に恭順の意を示した。

女王の在位は20年足らずだった。しかし、この奇跡の20年は、王朝の人にとって忘れられない記憶として、語り継がれる。太陽のような女王が、和をもたらしたと(注1)。

この女王には、弟がいた。誰よりも勇敢で天才的な武人だった。強大な軍を率い、九州や中国地方へ遠征を繰り返した。

戦国時代のような当時、隣の国がいつ攻めてくるかわからない。滅ぼされる前に、先手を打つことにも正義があった。

ある時この弟は、海を渡った出雲の地で、大きな戦果を挙げ、威風堂と高千穂へ凱旋した。しかし、高千穂へ帰ってくる千人規模の軍勢の地響きのような足音に、王朝では戦慄が走る。

当時、やはり、国は武人が治めるべきと囁く声もあった。

その気になった弟が、このままクーデターを起こし王朝を乗っ取ることもあり得る

女王は、弟を信じたい気持ちを押し殺し、城門を固く閉じて立て籠もった。これが、岩戸隠れとして、言い伝えられる(注2)。

弟の弁解により、その後、城門は開かれた。しかし、共同統治は難しいと判断された弟は、半ば追放されるような形で、今の朝鮮半島の豪族たちの平定に向かう。この遠方の豪族たちを象徴したのが、ヤマタノオロチ伝説として伝わったのだ(注3)。

人に和をもたらす力。人を外敵から守る武の力。この並外れた二つの力を持った姉弟は、離れ離れになりながらも、それぞれの地で国を守った。この別れの物語は、時に相容れないが、どちらも国の繁栄に必要な力があることを教えている。

(注1)黄金の法、(大川隆法幸福の科学出版)伊邪那岐の霊言()書店では取り扱っておりません。最寄りの幸福の科学の精舎支部拠点までお問い合わせください(以下同)。(注2)須佐之男神産巣日神の霊言()(注3)神武天皇は実在した

神武東征の新事実とは天照大神に関しては、もうひとつ謎がある。古事記に、無数の神が出てくるにもかかわらず、なぜ太陽の神天照大神が日本の主宰神になっているのかということだ。これは、なぜこの国が日の本と呼ばれ、国の象徴が太陽(日の丸)なのかにも関わる。その真相が、大川総裁の霊査で明らかになっている。

実は、初めて天照大神を国の中心として祀ろうと宣言したのは、日本建国の父といわれる神武天皇だった。神武天皇は高千穂から大和に東征し、日本の大部分を史上初めて統一したとされる。大川総裁の霊査では、この神武も実在の人物であることが確認されている。

ともすれば神武東征は、野望盛んな青年の征服物語のようにも見える。

しかし、東征の仕上げに、和の象徴を国の頂点に掲げたことを考えると、神武は、当時分裂していたこの国を一つにし、天照が高千穂で実現した和を実現するという理想を持っていたことが分かる(注4)。

(注4)日本超古代史探究月読命とは何者か

神功皇后が出兵した真の理由大分県で最大の神社といえば宇佐神宮。ここには、応神天皇と、その母神功皇后を中心とする神が祀られる。この二者はどのような人物だったのか。神話にはこんな逸話が残る。

神功皇后は、神のお告げにより、腹に子を宿したまま、新羅出兵を行い、朝鮮半島の広い地域を服属させた。その後、生まれた子供が応神天皇

この逸話自体を疑う声や、三韓征伐を侵略の物語として忌み嫌う人も多い。果たして、宇佐神宮は侵略者を祀っているのか。大川総裁の霊査で、その真実が浮かび上がってきた。

実は当時、日本と兄弟国であり、日米同盟のような契りを結んでいた百済から、現在の北朝鮮に位置する高句麗に攻め込まれているため、助けてほしいという救援要請があったのだ(注5)。

助けるか、見捨てるか。当時、治世を任されていた神功皇后に、一寸の躊躇がなかったはずがない。しかし皇后は、真の和を取る。神話の記述の通り、腹に子を宿したまま、軍勢を率いて百済の救済に向かうことを決めた。そして、数度に渡る激しい戦いを経て、朝鮮の三国を打ち破る。

戦いの後、生まれた天皇の治世には、朝鮮との交流も盛んになり、アジアに大きな和が訪れた。そして日本は、国際社会において確固たる地位を築いた。

日本神話は、天照大神が高千穂で実現した和が、列島全体、そして東アジアに広った歴史と言える。この和の力により、日本は今日まで、3000年以上の繁栄を続けてきた。このような文明は、地球上にない。

この奇跡の歴史の証である日本の神話を、私たちはもっと誇り、そして信じるべきではないだろうか。

(注5)広開土王の霊言朝鮮半島の危機と未来についてすべて大川隆法幸福の科学出版。

本稿は2017年1月18日時点で明らかになっている霊界情報をもとに構成したものです。

宮崎国見ケ丘から見た、高千穂の夜明け(写真大滝政文)。